男性型脱毛症(AGA)薄毛治療

1. 定義と病態生理

男性型脱毛症(AGA)は、男性ホルモンであるジヒドロテストステロン(Dihydrotestosterone: DHT)が主な原因で起こる進行性の脱毛症です。DHTは、5α還元酵素によってテストステロンから産生され、毛乳頭細胞に存在するアンドロゲン受容体に結合します。これにより、ヘアサイクルの成長期(Anagen)が短縮し、休止期(Telogen)が長くなることで、毛包がミニチュア化し、細く短い毛髪が増加します。遺伝的素因もAGAの発症に深く関与します[^1]。

2. 診断

AGAの診断は、主に以下の要素に基づいて行われます。

  • 病歴: 脱毛のパターン(前頭部や頭頂部からの進行性脱毛)、家族歴などを聴取します。
  • 視診: 脱毛の部位、程度、毛髪の太さ、硬さなどを評価します。Hamilton-Norwood分類やLudwig分類(女性の場合)を用いて脱毛の進行度を評価することが一般的です。
  • ダーモスコピー: 頭皮や毛包の状態を拡大して観察し、AGAの特徴的な所見(毛包の多様性、黄色点など)を確認します。
  • 血液検査: 通常、AGAの診断には必須ではありませんが、他の脱毛症との鑑別や基礎疾患の評価のために行うことがあります(例:甲状腺機能検査、貧血検査など)。
  • 毛髪量測定: 必要に応じて、写真撮影や毛髪密度測定器を用いて客観的に評価します。

3. 治療の原則

AGA治療の主な目標は、脱毛の進行を遅らせ、可能な範囲で毛髪の再生を促すことです。現時点ではAGAを完全に治癒させる治療法はありませんが、適切な治療により症状の進行を抑制し、QOLの改善を図ることが可能です。

4. 主な治療法

4.1. 薬物療法

  • フィナステリド(Finasteride): 5α還元酵素II型を阻害し、DHTの産生を抑制する内服薬です。AGAの進行抑制効果と軽度の発毛効果が臨床試験で確認されています[^2]。男性のみに使用され、女性や小児には禁忌です。副作用として、性機能障害(性欲減退、勃起不全など)や肝機能障害などが報告されていますが、頻度は低いとされています。

  • デュタステリド(Dutasteride): 5α還元酵素I型とII型の両方を阻害し、より強力にDHTの産生を抑制する内服薬です。フィナステリドよりも高いDHT抑制効果が示されており、AGAの進行抑制と発毛効果が期待できます[^3]。こちらも男性のみに使用され、女性や小児には禁忌です。副作用はフィナステリドと同様ですが、より注意が必要です。

  • ミノキシジル(Minoxidil): 毛包を直接刺激し、血管拡張作用により血流を改善することで、毛母細胞の増殖を促進し、ヘアサイクルを正常化させる外用薬です。濃度によって効果や副作用が異なり、一般的に5%製剤がより高い効果を示すとされています[^4]。男女ともに使用可能ですが、女性の場合は低濃度製剤(1%など)が推奨されることがあります。副作用として、皮膚炎、かゆみ、かぶれ、多毛症、動悸などが報告されています。内服薬としてのミノキシジルは、AGA治療の適応外使用であり、循環器系の副作用に注意が必要です。

当院処方薬はデュタステリドとなります。

4.2. その他の治療法(エビデンスレベルは確立されていないものも含む)

  • 低出力レーザー療法(Low-Level Laser Therapy: LLLT)/LED照射: 特定の波長のレーザーやLED光を頭皮に照射することで、毛包細胞を活性化し、発毛を促進する可能性が示唆されています。家庭用機器や医療機関での施術があります[^5]。
  • 成長因子注入療法(Growth Factor Injection Therapy): 毛髪の成長に関与する成長因子を頭皮に直接注入する治療法です。まだエビデンスが十分とは言えませんが、一部で効果が報告されています。
  • 自毛植毛: 自身の後頭部や側頭部の毛髪を、脱毛部位に移植する外科的治療法です。AGAの進行が安定している場合に有効な選択肢となります。
  • アデノシン外用: 毛乳頭細胞に作用し、成長因子の産生を促進するなどの作用が報告されています。ミノキシジルとの併用に関する研究もあります。
  • ミノキシジル以外の血管拡張薬: カルプロニウム塩化物などが外用薬として用いられることがあります。
  • ケラチンサプリメント、ビタミン、ミネラル: 毛髪の構成成分であるケラチンや、毛髪の成長に必要なビタミン・ミネラルを補給するサプリメントがありますが、AGAに対する明確な効果は確立されていません。ただし、特定の栄養欠乏が脱毛の原因となっている場合には有効な場合があります。

5. 治療選択と患者への説明

治療法の選択は、患者の年齢、脱毛の進行度、希望、副作用のリスク、費用などを考慮して、患者と医師が十分に話し合った上で決定する必要があります。

  • 初期治療: 一般的には、フィナステリドやデュタステリドの内服、ミノキシジルの外用が推奨されます。
  • 併用療法: 内服薬と外用薬を併用することで、より高い効果が期待できる場合があります。
  • 外科的治療: AGAの進行が安定しており、十分なドナー毛が存在する場合は、自毛植毛も有効な選択肢となります。
  • 治療継続の重要性: AGAは進行性の疾患であるため、効果を維持するためには治療の継続が不可欠であることを患者に十分に説明する必要があります。
  • 期待される効果と期間: 治療効果が現れるまでには時間がかかること(一般的に数ヶ月〜1年程度)、また、効果には個人差があることを理解してもらう必要があります。
  • 副作用: 各治療法の起こりうる副作用について、事前に詳しく説明し、患者の不安を軽減することが重要です。

6. 治療効果の評価

治療効果の評価は、定期的な診察、写真撮影、患者の主観的な評価などに基づいて行います。客観的な評価には、毛髪密度測定器などが用いられることもあります。

7. 今後の展望

AGA治療の研究は現在も活発に進められており、新たな作用機序を持つ薬剤や、より効果的な治療法の開発が期待されています。再生医療の応用や、遺伝子レベルでの治療なども将来的な可能性として研究されています。


出典

[^1]: Norwood OT. Male pattern baldness: classification and incidence. South Med J. 1975 Nov;68(11):1359-65. [^2]: Kaufman KD, Olsen EA, Whiting D, et al. Finasteride in men with androgenetic alopecia. Finasteride Male Pattern Hair Loss Study Group. J Am Acad Dermatol. 1998 Jun;39(4 Pt 1):578-89. [^3]: Gubelin Harchaoui N, Rossi A, Piraccini BM, et al. A randomized, active-controlled, double-blind study of the efficacy and safety of dutasteride versus finasteride in men with androgenetic alopecia. J Am Acad Dermatol. 2014 Nov;71(5):914-23.e1. [^4]: Olsen EA, Weiner MS, Amara IA, et al. A randomized clinical trial of 5% topical minoxidil versus 2% topical minoxidil and placebo in the treatment of androgenetic alopecia in men. J Am Acad Derm 1 atol. 1990 Sep;23(3 Pt 2):584-92. [^5]: Avci P, Gupta GK, Clark J, Wikramanayake TC, Hamblin MR. Low-level laser (light) therapy (LLLT) in skin: stimulating, healing, restoring. Semin Cutan Med Surg. 2013 Mar;32(1):4 2 1-52.

東戸塚メディカルクリニック