睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome: SAS)
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome: SAS)
1. 定義と分類
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に呼吸が一時的に停止または浅くなる状態(無呼吸または低呼吸)が頻繁に繰り返されることで、様々な症状を引き起こす疾患群です。一般的に、一晩(7時間睡眠中)に10秒以上の無呼吸または低呼吸が30回以上、あるいは無呼吸低呼吸指数(Apnea-Hypopnea Index: AHI)が5回/時以上の場合に診断されます[^1]。
SASは、その病態機序により主に以下の2つに分類されます。
- 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(Obstructive Sleep Apnea: OSA): 睡眠中に上気道が閉塞することにより、呼吸努力は存在するものの気流が停止または著しく低下する病態。最も頻度が高い。
- 中枢性睡眠時無呼吸症候群(Central Sleep Apnea: CSA): 呼吸中枢の機能異常により、呼吸努力自体が一時的に停止または低下する病態。比較的稀。
OSAとCSAの両方の要素を併せ持つ混合性睡眠時無呼吸症候群も存在します。
2. 疫学
SASは比較的commonな疾患であり、有病率は年齢、性別、人種などによって異なります[^2]。一般的に、中年男性で高頻度であり、加齢とともに増加する傾向があります。女性では閉経後に有病率が上昇することが知られています。肥満はOSAの強力なリスク因子です。
3. 病態生理
3.1. 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)
OSAの主な病態は、睡眠中の上気道狭窄・閉塞です。覚醒時には上気道周囲の筋肉(咽頭筋など)の活動により気道が確保されていますが、睡眠に入るとこれらの筋肉の活動が低下します。特に、解剖学的に気道が狭い場合(扁桃肥大、軟口蓋垂長、下顎後退など)、肥満による頸部脂肪の沈着、アルコールや睡眠薬による筋肉の弛緩などが加わると、陰圧により気道が虚脱しやすくなります。
無呼吸または低呼吸が生じると、血液中の酸素飽和度が低下し、二酸化炭素濃度が上昇します。これにより、脳が覚醒反応を引き起こし、呼吸再開に至ります。この覚醒はしばしば自覚されないものの、睡眠の分断を引き起こし、日中の眠気や集中力低下などの症状の原因となります。また、低酸素血症や頻回の覚醒は、交感神経系の活性化、血管内皮機能障害、炎症反応の亢進などを引き起こし、様々な合併症のリスクを高めます。
3.2. 中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSA)
CSAは、呼吸中枢の異常により呼吸指令が出なくなることで生じます。原因疾患として、心不全(Cheyne-Stokes呼吸)、脳血管障害、神経筋疾患、高地への急な移動などが挙げられます。また、明らかな基礎疾患がない特発性CSAも存在します。
4. 臨床症状
SASの臨床症状は多岐にわたります。
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夜間の症状:
- いびき(大きないびき、途切れるいびき)
- 呼吸停止、息苦しさ
- 夜間頻尿
- 寝汗
- 睡眠中の体動
- 逆流性食道炎の悪化
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日中の症状:
- 強い眠気、倦怠感
- 集中力低下、記憶力低下
- 起床時の頭痛、口渇
- 易怒性、抑うつ
- 仕事や学業の能率低下
- 交通事故のリスク増加
5. 診断
SASの診断には、詳細な病歴聴取と睡眠ポリグラフ(PSG)検査が不可欠です。
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病歴聴取: 患者本人や配偶者からの症状、既往歴、生活習慣などを詳しく聴取します。Epworth Sleepiness Scale(ESS)などの質問票を用いて、日中の眠気の程度を評価することも有用です。
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睡眠ポリグラフ(PSG)検査: 睡眠中の脳波、眼球運動、筋電図、心電図、呼吸気流、胸腹部の呼吸運動、経皮的酸素飽和度などを終夜記録し、睡眠の質、無呼吸・低呼吸の頻度と種類、酸素飽和度の低下などを評価します。AHI(Apnea-Hypopnea Index:1時間あたりの無呼吸と低呼吸の合計回数)が診断の重要な指標となります。
簡易PSG検査(パルスオキシメータ、鼻カニューレによる気流測定などを自宅で行う検査)は、OSAのスクリーニングや重症度評価に用いられることがあります。
6. 重症度分類
AHIに基づき、SASの重症度は以下のように分類されます[^1]。
- 軽症:5 ≦ AHI < 15 回/時
- 中等症:15 ≦ AHI < 30 回/時
- 重症:AHI ≧ 30 回/時
7. 合併症
SASは、様々な生活習慣病や循環器疾患のリスクを高めることが知られています。
- 高血圧: SAS患者で非SAS患者と比較して1.5〜2.9倍リスク増加[^3, 4]。
- 心血管イベント: 重症SAS患者でリスク増加の可能性(具体的な倍率は研究による)[^5]。
- 2型糖尿病: SAS患者で非SAS患者と比較して1.5〜2倍リスク増加[^6]。
- 交通事故: 無治療のSAS患者で健常者と比較して1.2〜5倍リスク増加[^7]。
8. 治療
SASの治療目標は、睡眠中の呼吸障害を改善し、日中の症状を軽減させ、合併症を予防することです。治療法は、SASの病型、重症度、患者の全身状態などを考慮して選択されます。
8.1. 生活習慣の改善
- 減量(肥満患者の場合)
- 禁酒
- 禁煙
- 睡眠薬や鎮静薬の慎重な使用
- 仰臥位睡眠の回避
8.2. 持続陽圧呼吸療法(Continuous Positive Airway Pressure: CPAP)
OSAの第一選択となる治療法です。鼻マスクなどを介して気道に陽圧をかけ、睡眠中の気道閉塞を防ぎます。適切な圧設定と患者のコンプライアンスが重要です。
8.3. マウスピース(口腔内装置)
軽症から中等症のOSA患者、CPAPが使用できない患者などに用いられます。下顎を前方に移動させることで、上気道を広げます。歯科医師による適切な調整が必要です。
8.4. 外科的治療
扁桃摘出術、アデノイド切除術、鼻中隔矯正術、顎骨前方移動術などがあります。OSAの原因となっている解剖学的異常が存在する場合や、他の治療法が無効な場合に検討されます。
8.5. 中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSA)の治療
基礎疾患の治療が重要となります。CPAPやBiPAP(二相性陽圧呼吸療法)が用いられることもありますが、OSAとは異なる設定が必要となる場合があります。Adaptive Servo-Ventilation(ASV)などの特殊な呼吸療法が用いられることもあります。
9. 予後と管理
SASは慢性疾患であり、多くの場合、長期的な管理が必要です。CPAP療法などによる適切な治療により、症状の改善、合併症のリスク軽減が期待できます。定期的なPSG検査や症状の評価を行い、治療効果の確認や調整を行うことが重要です。患者への十分な病状説明と治療へのモチベーション維持も大切です。
10. 今後の展望
SASの病態解明、新たな診断法や治療法の開発が進んでいます。遺伝子学的研究やバイオマーカーの探索、より快適で効果的なCPAP機器やマウスピースの開発、薬物療法の開発などが期待されています。
出典
[^1]: 日本睡眠学会. 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020. [^2]: Peppard PE, Young T, Barnet JH, Palta M, Hagen EW, Hla KM. Increased prevalence of sleep-disordered breathing in adults. Am J Epidemiol. 2013 May 1 1;177(9):1006-14. doi: 10.1093/aje/kws 2 342. Epub 2013 Mar 13. PMID: 23486816; PMCID: PMC3642347.[^3]: Young et al., Arch Intern Med. 1997. [^4]: Marin et al., JAMA. 2012. [^5]: McEvoy et al., N Engl J Med. 2016. [^6]: Shankar et al., Diabetes Care. 2005. [^7]: Sassani et al., Sleep Med Rev. 2003.