肝癌と脂肪肝
肝癌と脂肪肝
1. 肝癌の分類と疫学
肝癌は、原発性肝癌と転移性肝癌に大別されますが、ここでは主に原発性肝癌について解説します。原発性肝癌の90%以上は肝細胞癌(Hepatocellular Carcinoma: HCC)であり、その他に肝内胆管癌(Intrahepatic Cholangiocarcinoma: ICC)、混合型肝癌などが存在します。
- 疫学: 世界的に見ると、B型肝炎ウイルス(HBV)とC型肝炎ウイルス(HCV)感染が主な原因ですが、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)/非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を背景とした肝癌の増加が先進国を中心に問題となっています。[1] 日本においても、HCV感染による肝癌は減少傾向にある一方、NAFLD/NASH関連肝癌が増加傾向にあります。[2]
2. 肝癌の発生母地としての脂肪肝
脂肪肝は、肝臓に中性脂肪が過剰に蓄積した状態であり、アルコール性脂肪肝と非アルコール性脂肪肝に分類されます。特にNAFLDは、肥満、糖尿病、高脂血症などのメタボリックシンドロームと関連が深く、進行するとNASH、肝線維化、肝硬変を経て肝癌に至る可能性があります。[3]
2.1. NAFLD/NASHと肝癌のリスク
- NAFLD患者は、肝癌のリスクが有意に高いことが報告されています。[4]
- NASHは、肝線維化の進行を促進し、肝硬変に至らずとも肝癌を発症するリスクがあることが示唆されています。[5]
- 糖尿病は、NAFLDの進行と肝癌リスクの独立した危険因子です。[6]
2.2. 脂肪肝からの肝癌発生メカニズム(最新の知見を含む)
脂肪肝における肝癌発生のメカニズムは複雑であり、多因子が関与すると考えられています。
- 慢性炎症: 脂肪蓄積は肝臓の慢性炎症を引き起こし、炎症性サイトカインやケモカインの産生を亢進させます。これにより、肝細胞の損傷、再生、細胞増殖が繰り返され、発癌のリスクを高めます。[7]
- 酸化ストレス: 脂肪肝では、ミトコンドリア機能不全や脂肪酸のβ酸化亢進により活性酸素種(ROS)が過剰に産生され、酸化ストレスが増加します。ROSはDNA損傷や細胞増殖に関与し、発癌を促進する可能性があります。[8]
- インスリン抵抗性: インスリン抵抗性は、NAFLDの主要な病態であり、肝細胞の異常な増殖やアポトーシス抑制に関与する成長因子(IGF-1など)のシグナル伝達を変化させ、発癌を促進する可能性があります。[9]
- アディポカイン異常: 脂肪組織から分泌されるアディポカイン(アディポネクチン、レプチンなど)の分泌異常は、炎症や線維化を促進し、肝癌のリスクを高める可能性があります。[10]
- 腸内細菌叢の関与: 近年の研究では、腸内細菌叢のディスバイオシスがNAFLD/NASHの病態進行や肝癌発生に関与する可能性が示唆されています。[11] 特定の細菌種や代謝産物が、肝臓の炎症や免疫応答に影響を与えると考えられています。
- 遺伝的要因: PNPLA3、TM6SF2、GCKRなどの遺伝子多型がNAFLD/NASHの感受性や進行、さらには肝癌リスクに関連することが報告されています。[12]
3. 脂肪肝を背景とした肝癌の臨床的特徴
- 非肝硬変例の増加: ウイルス性肝炎による肝癌と比較して、肝硬変を伴わない症例の割合が高い傾向があります。[13]
- 高齢発症: 平均発症年齢が高い傾向があります。
- 男性優位: 女性よりも男性に多く発症します。
- 発見時の進行度: 無症状で経過することが多く、発見時に進行している場合があります。
4. 診断
肝癌の診断には、画像検査(超音波、CT、MRI)、腫瘍マーカー(AFP、PIVKA-IIなど)、肝生検が用いられます。脂肪肝を背景とした肝癌の診断においても同様ですが、基礎疾患としてのNAFLD/NASHの評価も重要となります。
- 画像検査: 造影CTやMRIは、腫瘍の血管造影パターンを評価し、肝細胞癌を特徴づける所見(動脈相での濃染と門脈相でのwashout)を確認するのに有用です。脂肪肝の存在や肝線維化の程度も画像から示唆されることがあります。
- 腫瘍マーカー: AFPは肝細胞癌の診断補助として用いられますが、早期肝癌やNAFLD関連肝癌では上昇しないこともあります。PIVKA-IIは、AFPが陰性の場合や鑑別診断に有用な場合があります。
- 肝生検: 画像検査で診断が確定しない場合や、異型結節の評価、NASHの病理学的診断、肝線維化の評価などに用いられます。
5. 治療
肝癌の治療法は、病期(Barcelona Clinic Liver Cancer: BCLC分類など)、肝機能、全身状態などを考慮して決定されます。主な治療法には、外科切除、肝移植、局所療法(ラジオ波焼灼療法、マイクロ波凝固療法、経カテーテル動脈化学塞栓療法/化学療法など)、薬物療法(分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬など)があります。
- 脂肪肝合併例の治療: 脂肪肝を合併した肝癌患者の治療においては、肝機能の評価が特に重要となります。NASHによる肝硬変は非代償性となるリスクが高く、治療選択に影響を与える可能性があります。
- 薬物療法: 分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬は、進行肝癌の治療において重要な役割を果たしています。脂肪肝を背景とした肝癌に対するこれらの薬剤の効果や安全性に関する研究も進んでいます。[14]
6. 予防と管理
脂肪肝からの肝癌発生予防には、NAFLD/NASHの早期発見と管理が重要です。
- 生活習慣の改善: 食事療法、運動療法による体重管理、血糖コントロール、脂質管理などが基本となります。
- 薬物療法: 糖尿病治療薬(メトホルミン、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬など)、脂質異常症治療薬などがNAFLD/NASHの改善に有効な場合があります。
- 肝癌サーベイランス: NAFLD/NASHによる肝硬変患者や、肝線維化が進行した患者では、定期的な画像検査(通常6ヶ月ごと)による肝癌サーベイランスが推奨されます。[15] 非肝硬変のNAFLD患者におけるサーベイランスの適応については、高リスク群(糖尿病合併、高度肥満、ALT高値など)を中心に検討されています。[16]
7. 最新の知見と今後の展望
- NASHに対する新規治療薬の開発: NASHの病態に関わる複数の経路を標的とした新規薬剤の開発が活発に進められています。これらの薬剤が、NASHの進行抑制や肝癌リスクの低減に繋がる可能性があります。[17]
- バイオマーカーの開発: 脂肪肝やNASHから肝癌への進展を予測するバイオマーカーの開発が期待されています。
- AIを活用した診断支援: 画像診断におけるAIの活用により、早期の肝癌発見や脂肪肝の定量評価の精度向上が期待されます。
- 多職種連携: 肝臓専門医、消化器内科医、内分泌内科医、栄養士、運動療法士などが連携し、包括的な管理を行うことが重要です。
引用文献
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