大腸癌

1. 定義と分類

大腸癌は、結腸と直腸に発生する悪性腫瘍の総称です。組織学的には腺癌が最も多く、その他に粘液癌、印環細胞癌、扁平上皮癌などが存在します[1]。進行度分類は、国際対がん連合(UICC)のTNM分類が広く用いられます[2]。

2. 疫学

大腸癌は、世界的に罹患率と死亡率の高い癌の一つです。日本においても、食生活の欧米化や高齢化に伴い、罹患数は増加傾向にあります。国立がん研究センターの最新の統計によると、大腸癌は男性では罹患数上位、女性でも上位に位置しています[3]。

3. 危険因子と予防

3.1. 危険因子

大腸癌のリスクを高める要因として、以下のものが挙げられます[4]。

  • 加齢: 高齢になるほど罹患リスクが増加します。
  • 家族歴・遺伝性疾患: 家族に大腸癌患者がいる場合や、家族性大腸腺腫症(FAP)、リンチ症候群などの遺伝性疾患を持つ場合はリスクが高まります。
  • 食生活: 赤肉や加工肉の過剰摂取、食物繊維の摂取不足、高脂肪食などが関連しています。
  • 炎症性腸疾患: 潰瘍性大腸炎やクローン病などの慢性的な炎症性腸疾患は、大腸癌のリスクを高めます。
  • 肥満・運動不足: 肥満や運動不足もリスク要因となります。
  • 喫煙・飲酒: 喫煙や過度の飲酒も関連が示唆されています。
  • 大腸ポリープの既往: 特に腺腫性ポリープは癌化のリスクがあります。

3.2. 予防

大腸癌の予防には、以下の対策が重要です[5]。

  • 食生活の改善: バランスの取れた食事、食物繊維の摂取、赤肉・加工肉の摂取制限。
  • 適度な運動: 定期的な運動習慣。
  • 禁煙・節酒: 喫煙と過度の飲酒を避ける。
  • 適切な体重維持: 肥満の予防と改善。
  • 大腸内視鏡検査: 大腸ポリープの早期発見・切除は、大腸癌の発生を予防する上で最も重要です。特に50歳以上の方や、家族歴のある方には推奨されます。

4. 病態生理

大腸癌の多くは、正常な大腸粘膜から腺腫性ポリープを経て、数年かけて癌化する腺腫-癌連鎖(adenoma-carcinoma sequence)の経路で発生すると考えられています[6]。しかし、鋸歯状病変(serrated lesion)からの発生など、異なる経路も存在することが知られています[7]。

分子生物学的側面からは、APC、KRAS、TP53、PIK3CAなどの遺伝子変異が癌の発生・進行に関与していることが明らかになっています[8]。近年では、マイクロサテライト不安定性(MSI)やミスマッチ修復(MMR)遺伝子の異常も、一部の大腸癌の発生に関与することがわかっています[9]。

腫瘍微小環境(TME)も癌の進展や治療反応性に重要な役割を果たしており、免疫細胞、血管新生、間質細胞などが複雑に相互作用しています。

5. 症状と診断

5.1. 症状

早期の大腸癌は無症状のことが多いですが、進行すると以下のような症状が現れることがあります。

  • 血便、下血
  • 便通異常(便秘、下痢、便が細くなるなど)
  • 腹痛、腹部膨満感
  • 貧血
  • 体重減少
  • 全身倦怠感

これらの症状は、大腸癌に特異的なものではなく、他の疾患でも見られるため、注意が必要です。

5.2. 診断

大腸癌の診断には、以下の検査が行われます。

  • 便潜血検査: スクリーニング検査として有用です。陽性の場合は精密検査が必要です。
  • 大腸内視鏡検査(colonoscopy): 最も重要な検査であり、粘膜の観察、組織採取(生検)、ポリープ切除が可能です。
  • 注腸X線検査(barium enema): 大腸全体の形態を評価できますが、内視鏡検査に比べて解像度が劣ります。
  • CT検査、MRI検査: 局所進行度や遠隔転移の評価に用いられます。
  • PET-CT検査: 遠隔転移の診断や治療効果判定に有用な場合があります。
  • 腫瘍マーカー: CEA、CA19-9などが測定されますが、早期診断には有用ではなく、主に治療効果判定や再発のモニタリングに用いられます。
  • 遺伝子検査: 進行・再発大腸癌において、治療方針決定のためにKRAS、NRAS、BRAFなどの遺伝子変異や、MSI/MMRの状態を評価することが重要です。

6. 病期分類(Stage Classification)

大腸癌の病期分類は、UICCのTNM分類に基づいて行われます[2]。

  • T(Tumor): 原発腫瘍の深達度
  • N(Nodes): リンパ節転移の有無と個数
  • M(Metastasis): 遠隔転移の有無

これらの要素を組み合わせることで、Stage 0からStage IVまでの病期が決定され、治療方針の決定や予後予測に用いられます。

7. 治療

大腸癌の治療法は、病期、組織型、患者の全身状態、合併症などを考慮して決定されます。主な治療法は以下の通りです。

7.1. 外科療法(Surgical Resection)

根治を目指す上で最も重要な治療法です。癌のある腸管とその周囲のリンパ節を切除します。早期癌に対しては、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)や内視鏡的粘膜切除術(EMR)が行われることもあります。進行癌に対しては、腹腔鏡下手術やロボット支援下手術などの低侵襲手術も普及しています。

7.2. 化学療法(Chemotherapy)

進行癌や再発癌に対する全身療法として用いられます。術後補助化学療法は、再発リスクの高いStage II・IIIの患者に対して行われ、生存率の向上に貢献します。使用される薬剤は、フルオロウラシル(5-FU)、オキサリプラチン、イリノテカン、カペシタビンなどが中心です。

7.3. 放射線療法(Radiation Therapy)

主に直腸癌に対して、術前または術後に局所再発の抑制を目的に行われます。結腸癌に対する放射線療法の役割は限られています。

7.4. 分子標的治療(Molecularly Targeted Therapy)

進行・再発大腸癌において、特定の分子を標的とした薬剤が用いられます。

  • 抗EGFR抗体: セツキシマブ、パニツムマブなど。KRAS遺伝子野生型の患者に有効です。
  • 血管新生阻害薬: ベバシズマブ、ラムシルマブなど。腫瘍の血管新生を抑制します。
  • BRAF阻害薬、MEK阻害薬: BRAF V600E変異陽性の患者に対して用いられます。

7.5. 免疫療法(Immunotherapy)

MSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)またはdMMR(ミスマッチ修復欠損)を有する進行・再発大腸癌に対して、免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ、ニボルマブなど)が有効です。

8. 治療成績と予後

大腸癌の治療成績は、病期によって大きく異なります。早期癌であれば内視鏡治療や手術で根治が期待できますが、進行癌や再発癌では治療が難しくなります。近年、治療法の進歩により、進行・再発大腸癌の予後も改善傾向にあります。

9. サーベイランスとフォローアップ

根治治療後も、再発の早期発見や新たな病変の出現に注意し、定期的なフォローアップが必要です。フォローアップの内容は、病期や治療法によって異なりますが、一般的には問診、血液検査(腫瘍マーカーを含む)、CT検査、大腸内視鏡検査などが行われます。

10. 最新の知見

  • 早期大腸癌の内視鏡治療の進歩: より大きな病変や複雑な病変に対するESDの技術向上、新しい内視鏡デバイスの開発が進んでいます。
  • 進行・再発大腸癌における個別化治療の進展: 遺伝子変異やMSI/MMRの状態に基づいた分子標的治療や免疫療法の開発・臨床応用が進んでいます。
  • 術後補助化学療法の最適化: より効果的な薬剤の組み合わせや投与期間に関する研究が進んでいます。
  • 腸内細菌叢と大腸癌: 腸内細菌叢が大腸癌の発生や治療反応性に影響を与える可能性が示唆されており、新たな治療戦略の開発が期待されています[10]。
  • リキッドバイオプシー: 血液などの体液を用いた癌細胞やDNAの検出技術が進んでおり、早期診断や治療効果判定、再発モニタリングへの応用が期待されています[11]。
  • AI(人工知能)の活用: 大腸内視鏡検査における病変検出支援、病理診断支援、予後予測などへの応用研究が進んでいます。

出典

  1. Bosman, F. T., Carneiro, F., Hruban, R. H., & Theise, N. D. (Eds.). (2010). WHO classification of tumours of the digestive system (4th ed.). IARC Press.
  2. Union for International Cancer Control (UICC). (最新版のTNM悪性腫瘍分類).
  3. 国立がん研究センター がん情報サービス. (最新のがん統計).
  4. Johnson, D. A., et al. (2013). Risk factors for colorectal cancer. American Journal of Gastroenterology, 108(7), 1039-1049.
  5. Winawer, S. J., et al. (2003). Colorectal cancer screening and surveillance: clinical guidelines and rationale—2003 update by the American Cancer Society. CA: a cancer journal for clinicians, 53(5), 263-292.
  6. Fearon, E. R., & Vogelstein, B. (1990). A genetic model for colorectal tumorigenesis. Cell, 61(5), 759-767.
  7. Rex, D. K., et al. (2012). Serrated lesions of the colorectum: review and recommendations from an expert panel. The American Journal of Gastroenterology, 107(9), 1315-1329.  
  8. Vogelstein, B., et al. (1988). Genetic alterations during colorectal-tumor development. New England Journal of Medicine, 319(9), 525-532.  
  9. Boland, C. R., & Goel, A. (2010). Microsatellite instability in colorectal cancer. Gastroenterology, 138(6), 2073-2087.
  10. Garrett, W. S. (2015). The gut microbiota and colon cancer. Science, 348(6230), 101-106.
  11. Diaz Jr, L. A., & Bardelli, A. (2014). Liquid biopsies: genotyping circulating tumor DNA. Journal of Clinical Oncology, 32(6), 579-586.

東戸塚メディカルクリニック