糖尿病

1. 定義と分類

糖尿病は、インスリンの作用不足または分泌不全により、慢性的な高血糖状態を呈する代謝疾患群です。世界保健機関(WHO)の分類に基づき、主に以下の4つの病型に分類されます[1]。

  • 1型糖尿病: 自己免疫機序などにより膵β細胞が破壊され、インスリン分泌が絶対的に低下する病態。
  • 2型糖尿病: インスリン抵抗性とインスリン分泌不全が複合的に関与する病態。生活習慣病との関連が深い。
  • 妊娠糖尿病: 妊娠中に初めて発見または発症した糖代謝異常。
  • その他の特定の原因による糖尿病: 遺伝子異常、内分泌疾患、薬剤、感染症などによるもの。

近年、1型糖尿病における緩徐進行型(SPIDDM)や、2型糖尿病における多様な病態生理に基づいたサブ分類(例: 早期インスリン分泌低下型、インスリン抵抗性優位型など)の研究が進んでいます[2]。

2. 疫学

糖尿病の罹患率は世界的に増加傾向にあり、日本においても高齢化や生活習慣の変化に伴い患者数が増加しています。厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、糖尿病が強く疑われる者の割合は、年齢とともに上昇する傾向にあります[3]。また、未治療または未診断の患者も相当数存在すると推測されています。

3. 病態生理

3.1. インスリン作用と抵抗性

インスリンは、グルコースの細胞内への取り込みを促進し、肝臓での糖新生を抑制することで血糖値を低下させる主要なホルモンです。2型糖尿病の多くでは、インスリンの標的組織(肝臓、筋肉、脂肪組織)におけるインスリン感受性の低下(インスリン抵抗性)が認められます。インスリン抵抗性の原因としては、肥満、運動不足、遺伝的要因などが挙げられます[4]。

3.2. インスリン分泌不全

2型糖尿病の進行に伴い、膵β細胞の機能が低下し、インスリン分泌能が低下します。初期には食後のインスリン分泌遅延や分泌量の低下が見られ、進行すると基礎分泌も低下します[5]。1型糖尿病では、自己免疫によるβ細胞の破壊が進行し、最終的にインスリン分泌が枯渇します。

3.3. その他の関連ホルモン・因子

グルカゴン、インクレチン(GLP-1、GIP)、アディポカイン(アディポネクチン、レジスチンなど)も血糖調節に重要な役割を果たしており、糖尿病の病態に関与しています。特に、GLP-1受容体作動薬やDPP-4阻害薬は、これらの内分泌系の知見に基づいて開発された薬剤です[6]。

4. 診断

糖尿病の診断は、主に血糖値とHbA1c(ヘモグロビンA1c)に基づいて行われます[7]。

  • 空腹時血糖値: ≧ mg/dL
  • 随時血糖値: ≧ mg/dL
  • 75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値: ≧ mg/dL
  • HbA1c: ≧

上記のいずれかの基準を複数回満たす場合に糖尿病と診断されます。ただし、1回の検査値のみで診断する場合は、血糖値が著しく高い場合や糖尿病症状(口渇、多飲、多尿、体重減少など)を伴う場合に限られます。

近年、持続血糖測定(CGM)の臨床応用が進んでおり、血糖変動の評価や治療への応用が期待されています<sup>[8]</sup>。

5. 合併症

糖尿病の慢性的な高血糖状態は、全身の血管や神経に障害を引き起こし、様々な合併症を引き起こします[9]。

  • 細小血管症:
    • 糖尿病網膜症: 失明の原因となりうる。
    • 糖尿病腎症: 慢性腎不全、透析導入の原因となる。
    • 糖尿病神経障害: 末梢神経障害(しびれ、痛み)、自律神経障害(消化器症状、起立性低血圧など)。
  • 大血管症:
    • 動脈硬化の促進: 冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)、脳血管疾患(脳梗塞、脳出血)、末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症)。
  • その他: 感染症のリスク増加、認知症との関連など。

近年、糖尿病とがん、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD/NASH)、サルコペニア、フレイルとの関連も注目されています[10, 11, 12]。

6. 治療

糖尿病治療の目標は、血糖コントロールを通じて合併症の発症・進展を予防し、QOL(生活の質)を維持することです。治療の基本は、食事療法、運動療法、薬物療法です[13]。

6.1. 食事療法

  • 適切なエネルギー摂取量の維持
  • バランスの取れた栄養摂取(炭水化物、タンパク質、脂質の適切な割合)
  • 食物繊維の摂取
  • 血糖値を急激に上昇させにくい食品の選択(GI値、GL値の考慮)
  • 規則正しい食事時間

近年、カーボカウントや持続血糖測定を用いた食事指導など、より個別化された食事療法の重要性が認識されています[14]。

6.2. 運動療法

  • 有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、水泳など)
  • レジスタンス運動(筋力トレーニング)
  • 個々の患者の身体能力や合併症を考慮した運動処方

運動療法は、インスリン抵抗性の改善、血糖コントロールの改善、心血管リスクの低減、QOLの向上など多岐にわたる効果が期待されます[15]。

6.3. 薬物療法

血糖降下薬は、作用機序により様々な種類があります。

  • インスリン製剤: 1型糖尿病の必須治療薬であり、2型糖尿病でも病状に応じて使用されます。基礎インスリン、速効型インスリン、混合型インスリンなど、様々な製剤があります。
  • SU薬(スルホニル尿素薬): 膵β細胞からのインスリン分泌を促進します。
  • グリニド薬: SU薬と同様にインスリン分泌を促進しますが、作用時間が短いのが特徴です。
  • ビグアナイド薬(メトホルミン): 主に肝臓での糖新生を抑制し、インスリン抵抗性を改善します。2型糖尿病の第一選択薬として推奨されます。
  • チアゾリジン薬: インスリン抵抗性を改善します。
  • α-グルコシダーゼ阻害薬: 小腸での糖吸収を遅延させ、食後血糖の上昇を抑制します。
  • DPP-4阻害薬: インクレチン(GLP-1、GIP)の分解を抑制し、インスリン分泌を促進し、グルカゴン分泌を抑制します。
  • SGLT2阻害薬: 腎臓でのグルコース再吸収を抑制し、尿中へのグルコース排泄を促進することで血糖値を低下させます。心血管イベントや腎臓病の抑制効果も報告されています<sup>[16, 17]</sup>。
  • GLP-1受容体作動薬: インクレチンであるGLP-1の作用を増強し、インスリン分泌促進、グルカゴン分泌抑制、食欲抑制などの効果があります。注射剤ですが、心血管イベント抑制効果が示されている薬剤もあります[18]。
  • 配合薬: 複数の作用機序を持つ薬剤を1錠に配合したもので、服薬アドヒアランスの向上に寄与します。

近年、新しい作用機序の血糖降下薬や、より簡便な投与方法の製剤が登場しており、患者の病態やライフスタイルに合わせた個別化された薬物療法が重要となっています。

7. 治療目標

血糖コントロールの目標値は、患者の年齢、合併症の有無、重症度などを考慮して個別に設定されます。日本糖尿病学会のガイドラインでは、一般的に以下の目標値が推奨されています[7]。

  • HbA1c: 7.0%未満(ただし、高齢者や合併症を有する患者では、より緩やかな目標となる場合があります)
  • 空腹時血糖値: 130 mg/dL未満
  • 食後2時間血糖値: 180 mg/dL未満

ただし、これらの目標値はあくまで目安であり、個々の患者の状態に合わせて柔軟に設定する必要があります。

8. 患者教育と自己管理

糖尿病治療において、患者自身の積極的な自己管理は非常に重要です。

  • 血糖測定の指導
  • インスリン注射や内服薬の自己管理指導
  • 食事療法、運動療法の継続指導
  • 低血糖、シックデイへの対処法の指導
  • フットケアの指導
  • 定期的な医療機関への受診の重要性の説明

近年、SMBG(自己血糖測定)に加え、CGM(持続血糖測定)を用いた自己管理支援も普及しつつあります。また、ICT(情報通信技術)を活用した遠隔モニタリングや患者教育ツールの開発も進んでいます[19]。

9. 最新の知見

  • 2型糖尿病の病態サブ分類: より詳細な病態理解に基づいた個別化治療の開発が期待されています[2]。
  • 心血管イベント・腎臓病に対する新たな治療戦略: SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の心血管イベント抑制、腎保護効果に関する大規模臨床試験の結果が報告され、治療戦略に大きな影響を与えています[16, 17, 18]。
  • 持続血糖測定(CGM)の臨床応用: リアルタイムCGMや間歇スキャン式CGMの普及により、血糖変動のより詳細な把握が可能となり、治療精度の向上や患者の自己管理能力の向上に貢献しています[8]。
  • 糖尿病と認知症、がん、NAFLD/NASHとの関連: これらの合併症に対する早期発見・早期介入の重要性が認識されています[10, 11, 12]。
  • AI(人工知能)の活用: 糖尿病の診断補助、治療予測、個別化治療の開発などへの応用研究が進んでいます。

出典

  1. World Health Organization. (2019). Classification of diabetes mellitus.  
  2. Ahlqvist, E., et al. (2018). Novel subgroups of adult-onset diabetes and their association with outcomes: a data-driven cluster analysis of six European cohorts. The Lancet Diabetes & Endocrinology, 6(5), 361-369.
  3. 厚生労働省. (最新の国民健康・栄養調査報告書).
  4. Samuel, V. T., & Shulman, G. I. (2018). Mechanisms for insulin resistance: common threads and missing links. Cell, 175(4), 852-869.
  5. Cerasi, E., & Luft, R. (1967). What is the pathogenesis of type II diabetes mellitus? Diabetes/Metabolism Research and Reviews, 3(3), 597-612.
  6. Nauck, M. A., et al. (2001). Incretin hormones in the metabolic syndrome. American Journal of Clinical Nutrition, 73(2), 302S-308S.
  7. 日本糖尿病学会. (最新の糖尿病治療ガイドライン).  
  8. Battelino, T., et al. (2019). Clinical targets for continuous glucose monitoring data interpretation: recommendations from the international consensus on time in range. Diabetes Care, 42(8), 1593-1603.
  9. Fowler, M. J. (2008). Microvascular and macrovascular complications of diabetes. Clinical Diabetes, 26(2), 77-82.
  10. Chatterjee, R., et al. (2021). Association of type 2 diabetes with risk of Alzheimer’s disease: A systematic review and meta-analysis. Alzheimer’s & Dementia: Diagnosis, Assessment & Disease Monitoring, 13(1), e12177.
  11. Giovannucci, E., et al. (2010). Diabetes and cancer: a consensus report. Diabetes Care, 33(7), 1510-1548.  
  12. Younossi, Z. M., et al. (2016). Global burden of NAFLD and NASH: trends, predictions, risk factors and prevention. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology, 13(1), 11-21.
  13. American Diabetes Association. (最新のStandards of Medical Care in Diabetes).
  14. Brand-Miller, J. C., et al. (1995). Glycemic index and glycemic load for foods: a systematic review. The American Journal of Clinical Nutrition, 62(4), 871S-893S.  
  15. Colberg, S. R., et al. (2016). Exercise and type 2 diabetes: American College of Sports Medicine and the American Diabetes Association: joint position statement. Diabetes Care, 39(11), 2065-2079.  
  16. Neal, B., et al. (2017). Canagliflozin and cardiovascular and renal events in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 377(7), 644-657.  
  17. Zinman, B., et al. (2015). Empagliflozin, cardiovascular outcomes, and mortality in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 373(22), 2117-2128.  
  18. Marso, S. P., et al. (2016). Liraglutide and cardiovascular outcomes in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 375(4), 311-322.
  19. Greenwood, D. A., et al. (2017). Telehealth interventions for adults with type 2 diabetes: a systematic review and meta-analysis. Journal of Medical Internet Research, 19(1), e12.

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