アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎
1. 定義と概念
アトピー性皮膚炎(Atopic Dermatitis: AD)は、増悪と寛解を繰り返す、強い掻痒感を伴う慢性炎症性疾患です。遺伝的素因、免疫学的異常、皮膚バリア機能異常、環境因子などが複雑に関与して発症します。[1]
2. 疫学
アトピー性皮膚炎は、先進国を中心に罹患率が増加傾向にあります。小児期の発症が多く、乳幼児期には約10〜20%にみられますが、成長とともに改善する例も多くあります。しかし、近年では成人期に発症・遷延する例も増加しています。[2]
3. 病態生理
アトピー性皮膚炎の病態は多岐にわたりますが、主な要素として以下が挙げられます。[1, 3]
- 皮膚バリア機能異常: 表皮の角層におけるセラミドなどの脂質成分の減少や、フィラグリン遺伝子変異によるフィラグリン産生低下などが原因となり、皮膚の水分保持能が低下し、外部刺激に対する感受性が亢進します。
- 免疫学的異常: Th2優位の免疫応答が主体となり、IL-4、IL-13などのサイトカインが過剰に産生されます。これらのサイトカインは、IgE抗体の産生を促進し、皮膚の炎症や掻痒感に関与します。近年では、Th17やTh22などの他のヘルパーT細胞の関与も明らかになっています。
- 遺伝的素因: アトピー素因(喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎のいずれかまたは複数)を持つ家系に発症しやすい傾向があります。
- 環境因子: ダニ、ハウスダスト、食物アレルゲン、気候、ストレス、皮膚刺激物質などが症状の悪化因子となり得ます。
4. 臨床症状
年齢によって特徴的な皮疹の分布や性状を呈します。[1]
- 乳児期: 顔面、頭部、体幹に紅斑、丘疹、滲出性病変がみられやすいです。強い掻痒感を伴い、睡眠障害の原因となることもあります。
- 幼児期・学童期: 皮疹は乾燥性となり、首、肘窩、膝窩などの屈曲部に好発します。苔癬化(皮膚が厚く硬くなる)や色素沈着もみられることがあります。
- 成人期: 全身に乾燥性の紅斑、丘疹がみられるほか、顔面や首に湿疹が持続したり、手足に病変が限局したりするタイプもあります。掻痒感は依然として強く、精神的な負担も大きいです。
5. 診断
アトピー性皮膚炎の診断は、主に臨床症状と経過に基づいて行われます。確立された診断基準があり、日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎診療ガイドラインで示されています。[1]
診断基準には、以下の項目が含まれます。
- 掻痒
- 特徴的な皮疹とその分布
- 慢性・反復性の経過
- アトピー素因の既往または家族歴(参考所見)
重症度評価には、EASI (Eczema Area and Severity Index) スコアなどが用いられます。
鑑別診断としては、接触性皮膚炎、脂漏性皮膚炎、乾癬、疥癬などが挙げられます。
6. 治療
アトピー性皮膚炎の治療目標は、症状の緩和、QOL(生活の質)の改善、そして長期的な病勢コントロールです。[1]
治療の基本は、薬物療法、スキンケア、そして悪化因子の管理です。
- 薬物療法:
- 外用療法: ステロイド外用薬、タクロリムス外用薬、デルゴシチニブ外用薬などが炎症を抑えるために用いられます。病変の部位や重症度に応じて適切な薬剤を選択し、漸減・維持療法を行います。
- 内服療法: 抗ヒスタミン薬は掻痒感を軽減するために用いられます。重症例では、ステロイド内服薬やシクロスポリンなどの免疫抑制薬が短期間使用されることがあります。
- 生物学的製剤: 近年、IL-4/IL-13阻害薬(デュピルマブ)、IL-31受容体拮抗薬(ネモリズマブ)、JAK阻害薬(バリシチニブ、ウパダシチニブ、アブロシチニブ)などの生物学的製剤が登場し、既存の治療で効果不十分な中等症〜重症例に対して高い有効性を示しています。
- スキンケア: 保湿剤による皮膚バリア機能の改善は、症状の悪化予防と治療効果の維持に不可欠です。低刺激性の保湿剤を適切に使用することが推奨されます。
- 悪化因子の管理: アレルゲンの回避、環境整備、ストレス管理などが重要です。食物アレルギーが関与している場合は、必要に応じて除去食を行います。
7. 最新の知見
アトピー性皮膚炎の病態解明と治療法開発は近年急速に進んでいます。
- Th2以外の免疫経路の関与: Th17、Th22などの炎症性サイトカインの役割が明らかになり、これらの経路を標的とした治療薬の開発が進んでいます。[4]
- JAK阻害薬の登場: 経口JAK阻害薬は、複数の炎症性サイトカインのシグナル伝達を阻害することで、高い治療効果を発揮します。外用JAK阻害薬も臨床応用されています。[5]
- 分子標的薬の多様化: 今後も、新たなサイトカインや受容体を標的とした生物学的製剤の開発が期待されます。
- 皮膚常在菌の役割: 皮膚常在菌のバランス異常がアトピー性皮膚炎の病態に関与している可能性が示唆されており、マイクロバイオームをターゲットとした治療法の研究も進められています。[6]
- デュアルサイトカイン阻害薬: IL-4とIL-13の両方を同時に阻害する薬剤は、既存の生物学的製剤よりも幅広い効果が期待されています。
- 早期介入の重要性: 乳幼児期からの適切なスキンケアや早期の薬物療法介入が、長期的な予後改善につながる可能性が示唆されています。
8. 出典
- 日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021.
- 厚生労働省. アトピー性皮膚炎とは. (参照 2025-04-26). https://www.google.com/search?q=https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/allergy/ym-008.html
- 清水 裕. アトピー性皮膚炎の病態と治療の進歩. アレルギー・免疫 2020; 27(1): 4-11.
- Sanyal RD, Hamilton JD, Barnes TM, et al. Th17 and Th22 cytokines in atopic dermatitis skin: implications for future therapies. Exp Dermatol. 2019;28(1):3-9.
- Simpson EL, головко д. JAK inhibitors in atopic dermatitis: A review of current evidence and future perspectives. J Am Acad Dermatol. 2020;83(6):1725-1734.
- Callewaert C, Knol EF, Claesen M, et al. Skin microbiome: the story of a healthy human-microbe relationship. Curr Opin Microbiol. 2020;53:187-193.