食道癌
食道癌
食道癌は、組織型により扁平上皮癌と腺癌に大別され、発生部位やリスク因子、治療戦略が異なります。近年、診断技術や治療法の進歩が著しい領域です。
1. 疫学
- 発生頻度:
- 世界的には扁平上皮癌が多数を占めますが、欧米では腺癌の割合が増加しています。[1]
- 日本では、依然として扁平上皮癌が大部分を占めますが、近年、腺癌の増加傾向も認められます。[2]
- 性差・年齢:
- 一般的に男性に多く、好発年齢は60〜70歳代です。[3]
- 地域差:
- 特定の地域(いわゆる「食道癌ベルト」)で扁平上皮癌の発生率が高いことが知られています。
2. 病因・リスク因子
- 扁平上皮癌:
- 喫煙: 最も重要なリスク因子の一つです。喫煙量や期間と相関します。[4]
- 飲酒: 特にフラッシング反応を伴うアルデヒド脱水素酵素2型(ALDH2)の遺伝子多型を持つ人が多量飲酒をするとリスクが高まります。[5]
- 熱い飲食物の摂取: 高温の飲料や食品の習慣的な摂取がリスクを高める可能性があります。[6]
- 食道アカラシア: 食道蠕動運動の障害により、食道内に食物が貯留し、慢性的な炎症を引き起こすことでリスクが増加します。[7]
- プランマー・ビンソン症候群: 鉄欠乏性貧血、舌炎、嚥下困難を伴う症候群で、食道扁平上皮癌のリスクが高いとされます。[8]
- 腺癌:
- 胃食道逆流症(GERD): 慢性的な胃酸の逆流が食道粘膜を傷害し、バレット食道を経て腺癌が発生します。罹病期間や逆流の程度と相関します。[9]
- バレット食道: 胃の粘膜が食道に置き換わった状態であり、腺癌の前癌病変です。長期間のGERDが主な原因です。[10]
- 肥満: BMIが高いほど食道腺癌のリスクが高まることが示されています。[11]
- 喫煙: 扁平上皮癌ほど強くはありませんが、腺癌のリスクもわずかに上昇させます。[12]
3. 病理
- 組織型:
- 扁平上皮癌 (Squamous cell carcinoma): 食道内壁の扁平上皮細胞から発生します。
- 組織学的分化度により、高分化型、中分化型、低分化型に分類されます。
- 腺癌 (Adenocarcinoma): バレット食道などの異型上皮から発生します。
- 組織学的分類には、管状腺癌、乳頭状腺癌、粘液腺癌などがあります。
- その他: 稀に、小細胞癌、悪性黒色腫、肉腫などが食道に発生することがあります。
- 扁平上皮癌 (Squamous cell carcinoma): 食道内壁の扁平上皮細胞から発生します。
- 進展形式:
- 表在癌:粘膜内または粘膜下層の一部にとどまる癌。内視鏡的治療の適応となる場合があります。
- 進行癌:固有筋層以深に浸潤した癌。リンパ節転移や遠隔転移のリスクが高まります。
4. 臨床像
- 早期食道癌: 無症状のことが多いですが、内視鏡検査で偶然発見されることがあります。
- 進行食道癌:
- 嚥下困難: 最も一般的な症状です。最初は固形物が通りにくくなり、進行すると液体も困難になります。
- 胸痛・背部痛: 癌の浸潤やリンパ節転移により出現します。
- 体重減少: 食事摂取量の低下により起こります。
- 嗄声: 反回神経麻痺によることがあります。
- 咳・喀痰: 気管・気管支への瘻孔形成によることがあります。
- 吐血・下血: 潰瘍形成や出血によることがあります。
5. 診断
- 上部消化管内視鏡検査 (Esophagogastroduodenoscopy, EGD):
- 最も重要な診断法です。病変の視認、生検による組織学的診断が可能です。
- 色素内視鏡 (Chromoendoscopy): ヨード染色などを用いて、病変の範囲や性状をより詳細に評価します。[13]
- 拡大内視鏡 (Magnifying endoscopy): 微細な粘膜表面構造や血管構築を観察し、癌の深達度や質的診断に役立ちます。[14]
- NBI (Narrow Band Imaging) / BLI (Blue Laser Imaging): 特定の波長の光を利用し、粘膜表層の血管や微細構造を強調表示し、早期癌の診断能向上に貢献します。[15, 16]
- 超音波内視鏡検査 (Endoscopic ultrasonography, EUS): 癌の深達度(T因子)や周囲リンパ節転移(N因子)の評価に有用です。[17]
- 画像診断:
- CT検査: 胸部・腹部の病変の広がり、リンパ節転移、遠隔転移の評価に必須です。[18]
- PET-CT検査: 遠隔転移の診断や治療効果判定に有用です。特に、手術適応の判断や再発の評価において重要な情報を提供します。[19]
- MRI検査: 局所進行癌における壁深達度や周囲臓器への浸潤評価に有用な場合があります。[20]
- 病理診断:
- 内視鏡生検や切除標本を用いた組織学的診断が確定診断となります。
- 組織型、分化度、脈管侵襲の有無などを評価します。
- 免疫染色(p16、HER2など)は、組織型分類や治療選択に役立ちます。
- 分子標的バイオマーカー検査:
- 食道腺癌では、HER2過剰発現が治療標的となるため、術前・術後の化学療法や再発治療においてHER2検査が重要です。[21]
- MSI(マイクロサテライト不安定性)検査は、一部の進行・再発食道癌において免疫チェックポイント阻害薬の適応を判断する上で有用です。[22]
- PD-L1検査も、免疫チェックポイント阻害薬の適応を判断する際に用いられます。[23]
6. 病期分類 (Union for International Cancer Control, UICC 第8版) [24]
- T分類 (原発腫瘍の深達度):
- Tis: 上皮内癌
- T1: 粘膜固有層、粘膜筋板、または粘膜下層に浸潤
- T1a: 粘膜固有層または粘膜筋板に浸潤
- T1b: 粘膜下層に浸潤
- T2: 固有筋層に浸潤
- T3: 外膜に浸潤
- T4: 隣接臓器に浸潤
- T4a: 縦隔胸膜、心膜、横隔膜に浸潤
- T4b: 大動脈、気管、脊椎などに浸潤
- N分類 (所属リンパ節転移):
- N0: 所属リンパ節転移なし
- N1: 1〜3個の所属リンパ節転移
- N2: 4〜6個の所属リンパ節転移
- N3: 7個以上の所属リンパ節転移
- M分類 (遠隔転移):
- M0: 遠隔転移なし
- M1: 遠隔転移あり
これらのTNM分類に基づき、病期(Stage 0〜IV)が決定されます。
7. 治療
食道癌の治療は、病期、組織型、患者の全身状態などを考慮して、外科療法、内視鏡的治療、化学療法、放射線療法、免疫療法のいずれか、またはこれらの組み合わせで行われます。
- 早期食道癌 (Tis, T1a, 一部のT1b):
- 内視鏡的粘膜切除術 (EMR) / 内視鏡的粘膜下層剥離術 (ESD): 根治性が期待できる場合に選択されます。リンパ節転移のリスクが低いことが条件となります。[25, 26]
- 外科手術: 内視鏡的治療の適応外の場合や、リンパ節転移のリスクが高いと考えられる場合に選択されます。
- 局所進行食道癌 (T2-4a, N0-3, M0):
- 手術単独: 一部の早期進行癌(T2N0など)で選択されることがあります。
- 術前化学療法または化学放射線療法 + 手術: 根治切除を目指すための標準治療です。術前治療により、腫瘍縮小や微小転移の制御を図り、予後の改善を目指します。[27, 28]
- 根治的化学放射線療法: 手術適応とならない場合や、患者の希望により選択されます。
- 切除不能食道癌 (T4b, M1):
- 化学療法: 全身化学療法が基本となります。
- 放射線療法: 症状緩和を目的として行われることがあります。
- 免疫療法: PD-L1陽性などの条件を満たす場合に、化学療法との併用や二次治療以降で用いられます。[23, 29]
- 分子標的治療: HER2陽性の食道腺癌に対して、二次治療以降で抗HER2抗体薬(トラスツズマブ デルクステカンなど)が用いられます。[30]
- 緩和的治療: 嚥下困難に対するステント留置、疼痛管理など、QOLの維持を目的とした治療が行われます。
8. 予後
食道癌の予後は、病期、組織型、治療法、患者の全身状態などによって大きく異なります。早期癌であれば内視鏡的治療や手術で良好な予後が期待できますが、進行癌では依然として予後不良なことが多いです。近年、集学的治療の進歩や新規薬剤の登場により、進行癌の予後も改善傾向にあります。
9. 最新の知見
- 周術期免疫療法の開発: 局所進行食道癌に対する術前・術後化学療法への免疫チェックポイント阻害薬の上乗せ効果が臨床試験で検討されており、一部で有望な結果が報告されています。[31]
- ネオアジュバント化学放射線療法における個別化戦略: 治療効果予測因子やバイオマーカーに基づいた、より個別化された化学放射線療法の開発が進められています。
- リキッドバイオプシーの応用: 血液中のctDNA(circulating tumor DNA)を用いた治療効果モニタリングや再発早期診断の研究が進んでいます。[32]
- AI(人工知能)による内視鏡診断の高度化: 食道癌の早期発見や深達度診断におけるAIの活用が期待されています。[33]
- マイクロバイオームと食道癌: 食道内細菌叢が食道癌の発生や治療効果に影響を与える可能性が示唆されており、研究が進められています。[34]
- 新たな分子標的薬の開発: HER2以外の分子を標的とした新規薬剤の開発も進められています。
出典
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